摩擦係数の測り方|初心者のための力学入門
前回は摩擦力について説明をしました。
その中で、「摩擦係数は実験によって求める」という話がありました。今回は具体的に摩擦係数の求め方を説明します。前提知識として、「力の分解」が必要になるので、わからない方はこちらを先に身に着けておいてください。
測定理論
角度θの斜面に質量mの物体が乗っている状況を想定します。物体は重力加速度gを受けて鉛直方向下向きに重力mgを受けています。
摩擦力を求めるときは垂直抗力\(N\)が必要でした。斜面の場合、垂直抗力は次のように働きます。
垂直抗力を求めるために、重力\(mg\)を斜面垂直方向と斜面平行方向の力に分解します。
垂直方向と水平方向の力はそれぞれ\(mg\cos\theta\)と\(mg\sin\theta\)になります。
斜面垂直方向の運動方程式を立てて、垂直抗力Nを求めます。垂直抗力Nの方向(左上方向)を正とします。
$$mg\cos\theta-N=0\\ \leftrightarrow N=mg\cos\theta$$
となります。
物体は斜面下側へ滑ろうとするため、摩擦力\(f\)は次のように働きます。
静止摩擦係数を\(\mu\)とすると、物体がギリギリ留まっていられるときに働く最大静止摩擦力\(f\)は
$$f=\mu N\\ =\mu mg\cos\theta$$
と分かります。
最後に斜面平行方向の運動方程式を立てます。斜面下方向を正とします。
$$mg\sin\theta-\mu mg\cos\theta=0$$
この式を静止摩擦係数\(\mu\)について解きます。
$$\mu =\frac{\sin\theta}{\cos\theta}=\tan\theta$$
不思議なことに、静止摩擦係数は物体が滑り出すときの斜面の角度だけで求めることができるのです。
動摩擦の場合も考えてみましょう。物体は加速度\(a\)で斜面を滑っていると考えます。
動摩擦なので摩擦係数は\(\mu’\)とします。したがって、摩擦力は
$$f=\mu’ N=\mu’ mg\cos\theta $$
となります。後は静止摩擦のときと同じように、斜面平行方向の運動方程式を立てるだけです。
$$mg\sin\theta-\mu’ mg\cos\theta=ma$$
この式を動摩擦係数\(\mu’\)について解きます。
$$\mu’=\tan\theta-\frac{a}{g}cos\theta$$
静止摩擦係数とは異なり、角度だけではなく加速度も必要なことが式からわかります。加速度は一般的に加速度センサーというもので測定します。手動で測ることもできないこともないですが、測定誤差が大きくなります。なので、この式から動摩擦係数を求めることは難しそうです。
加速度は「正の値」「0」「負の値」のどれかになります。加速度が正の値の時、物体は加速しながら斜面を下ります。加速度が0の時、物体は一定の速度で斜面を下ります。加速度が負の値の時、物体は減速しながら斜面を下ります。
摩擦で減速している場合、物体はいずれ停止します。停止するかしないかは目視で判断できるので、この特性を使って動摩擦係数を測ります。
動き出した物体がギリギリ止まれるとき、加速度は0に限りなく近い負の値となります。なので、加速度は0とみなしてしまいましょう。
上記の動摩擦係数の式に\(a=0\)を代入すると次式になります
$$\mu’=\tan\theta$$
式としては静止摩擦係数と同じものになりました。違うのは測定するときの条件です。
実験
実際に測ってみましょう。
測定時には材質や表面状態などに注意してください。可能な限り実際の構成に近づけるようにしてください。例えば、ゴム同士の摩擦係数を調べて、その摩擦係数を使って金属の摩擦を計算するなんていうのはナンセンスです。
今回はカーテンレールとローラーの摩擦をターゲットにしたいと思います。本当はカーテンレールを取り外して直接図るのが正解なのですが、流石に面倒なので代わりのものを探します。カーテンレールは見た感じアルミのような気がします。そこそこ大きいアルミを探してみると、丁度いいものが見つかりました。
MacBook proなら角度もきれいに調整できるしとても良さそうです!
滑らせる物体は3Dプリンターで作成したTPU(ポリウレタン)材質とPLA材質のブロックにします。
角度の計測はスマートフォンアプリを使います。もちろん分度器でも良いですし、角度が測れる水準器をお持ちであればそちらを使って頂いても結構です。
AppStoreやGooglePlayで「水準器」と検索すると何かしらヒットすると思います。お好きなアプリをインストールしておいてください。
静止摩擦係数の測定
静止摩擦係数は次の手順で測定します。
1.斜面に物体を乗せて徐々に角度を大きくする
2.動き出した瞬間の角度を読み取る
3.読み取った角度のtanの値を計算する
4. 測定誤差があるので1~3を10回程度繰り返し平均値を求める
各十回測定し、平均値を出すと次のようになりました。
3Dプリンタのウレタンフィラメントは、ある程度摩擦係数が高いことを期待して購入したのですが、期待外れな結果になってしまいました。このままでは終われないので、こんなものを購入してみました。
乾けば表面がゴムコーティングされる液体ゴムです。ウレタンブロックにこれを塗って改めて静止摩擦係数を測定してみます。すると結果はこのようになりました。
表面に若干のタック性(粘着性)が生まれ、かなり静止摩擦係数が大きくなりました。これならゴムローラーの代わりとして使えそうです。ちなみに、摩擦係数は基本的に0~1と説明していましたが、1を超える要因の一例がタック性です。タック性という言葉にはなじみがないかもしれませんが、ナイスタックという名前の両面テープは見たことあるのではないでしょうか?
動摩擦係数の測定
動摩擦係数は次の手順で測定します。
1.斜面に物体を乗せて徐々に角度を大きくする
2.物体をつついたときに物体が止まるか確認
3. 1~2を繰り返して静止可能な限界の角度を求める
4. 3で読み取った角度のtanの値を計算する
5. 測定誤差があるので1~4を10回程度繰り返し平均値を求める
測定結果をすべてまとめると下記のようになりました。
前回説明した通り、すべての材質において静止摩擦係数のほうが動摩擦係数よりも大きくなっていることがわかります。
設計時の注意
摩擦係数は低いほうが望ましい場合(エンジンのピストンなど)と、高いほうが望ましい場合(タイヤと地面の摩擦など)があります。対象とする摩擦がどちらなのかをよく考え、リスクが少ないように見積もる必要があります。
例えば摩擦計算が低いほうが望ましい部品の設計をする場合、設計の段階では摩擦係数は高めに見積もっておくと安心です。そうすることで、設計時よりも望ましい状態で製品が使用されることになります。
また、使用される環境が静止摩擦なのか、動摩擦なのかという点でも注意が必要です。例えば、タイヤと地面の間の摩擦は動摩擦っぽい気もしますが実際には静止摩擦です。これを見誤ると、想定と実際とで摩擦係数が大きく異なってしまい、所望の動きとならない可能性があります。
どれだけ余裕(マージン)を持った設計にするかは、コストや不具合発生時に想定される被害などを考慮しながら決める必要があるため一概には決められません。いろいろ失敗しながら丁度いいマージンを身に着けてください。
まとめ
今回は斜面を使った摩擦係数の求め方を紹介しました。この方法は特別な計測器がなくても摩擦係数を図れるため、電子工作などの小規模な開発で重宝します。
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